ただいまです。
先ほど残業から帰宅しました。帰宅したとたんに大粒の雨、ラッキーでした。
最近パソコンをほとんど触ってませんでした。昨日久しぶりに触ったかも!
みなさんお元気でした?
写真のネコたんは先日雨の夜にいた濡れそぼった野良ヌコたんです。
某ファーストフード店の入り口にいたのですが、人懐っこくて可愛いです。
入る前にしばし撫で撫でをしてあげてたら、外人のおばさまが調度出ていらして流暢(りゅうちょう)な日本語で「可愛いわねぇ、雨が降って可哀想ねぇ」と声をかけられました。
その人は続けて言いました「ホント世の中ひどい人もいたもんよねぇ、家の近所に住んでる人は野良猫に餌をあげると怒るのよ。餌なんて安いものなのにねぇ。可哀想よねぇ。」
私は「そうですよね」とは言えずにただニコニコすることしかできませんでした。
そのあと店に入って入り口近くの席に座り、濡れた貧相な体を舐めるヌコたんをながめていました。
店の店員さんが用事で外に出たときもヌコたんは「にゃー」と自分をアピールしてます。
きっとお腹がすいてるんだろうな・・・。
だからといって店員さんは餌をあげることなんてしません。衛生的な問題もあるし、居着かれると困るからでしょう。
店員さんが店に入るとき雨に濡れていたヌコたんを雨の入らない、濡れない所まで誘導してくれてました。優しいな。
そんなひもじそうなヌコたんを見ながらハンバーガーを食べる私。
「どうにかしたい」のに「どうにもできない」自分がそこにはいて。ちょっと切なかったです。
以前、可哀想な境遇のネコを見つけてはひろってきて、とネコが増えてきた私たちに動物病院の先生からたしなめられました。
見ると放っておけない私たちの気持ちもわかるけど、これ以上増えたら大変ですよ!と。
先生は道端で弱々しく鳴く仔猫の声が聞こえて可哀想になってもこらえて見ないようにしてるそうです。
先生はとある動物愛護の団体にも協力して、野良猫は安くで避妊・去勢手術を行っていたのですが、そこの団体とも手を切ろうと思っていると話してくださいました。
団体の方との意見の相違があったからです。
団体の方はもちろん動物が大好きで、可哀想な子を見ると放っておけずに野良猫たちに餌を与えていたりしていました。
先生はそれは違うんじゃないかと言うのです。
これ以上可哀想な子を増やさないようにしているのに可哀想だからとその場の感情だけで餌をあげるから野良猫がますます繁殖し、結果ますます可哀想な子らが増えるという悪循環。なるほどなー・・・と思いました。
先生ももちろん動物は大好きです。
志は同じなのにまったく方向性が違うなんて・・・。
私も可哀想と餌をあげたりもします。でも先生の言い分もすごく良くわかる、だからどちらの気持ちもよくわかります。
最近は人懐っこい野良猫を見るとちょっと心配です。心無い人にいたずらされたり、車にひかれたり。
人の情けなんてなくったって一人でたくましく生きてる!ってくらい警戒心の強い野良猫の方が安心します。
人間なんて余計にヘンな知恵がついたせいか、世の中矛盾だらけですね。
犬を食べる国に対して反対したりする人たちがいる。
犬を食べたらダメ!って、じゃ牛や豚や鶏や魚介類はいいの?ってハナシ。
面白半分にいたぶるのが目的で動物を殺したり、ひどい目にあわせるのは私も当然反対ですが。
でもウチの猫たちは虫やヤモリがいたら食べるというより、遊ぶために殺しちゃうよ?
本能だから仕方ないけどさ・・・。
そんな動物好きな私も虫はダメー!なんてすっごく矛盾してる。
同じ生き物なのに。
でも、やっぱダメだ・・・。
道路脇におそらくはねられたと思われる猫の遺体があって、
なぜか急に葬ってあげたくなって
すでにかたくなっている遺体を
土のあるとこまで運んで埋めました。
一緒に行った友だち数人は異様なもの見る顔で
オイラと猫を見て先に行ってしまいました。
ってのを記事読んでてなぜか思い出しました。
オイラもその先生と基本は同じ考えです。
手放しの愛護なんて愛護じゃないと思います。
助けることによって不幸の連鎖が続くなら
そんな鎖は断ち切るべきだと思います。
でも断ち切り方ってのはあると思います。
例えば間伐した方が森にとってはいいわけですが、
切られる木にしてみりゃたまったもんじゃない。
じゃあ切るんじゃなくて
都会のど真ん中にでも植林すればいいじゃないかみたいな。
野良猫をこれ以上増やさない
=野良猫は放置して死んでもいい
ではないと思います。
野良猫をこれ以上増やさないようにする手段は
色々あるように思います。
長くなっちゃった!
私だけでしょうか・・・。
先日仕事帰りにバイクで通りかかった交差点でけっこう大きな柴っぽい犬がひかれて死んでいました。
首輪も鎖らしきものもついてました。どこかの家から脱走してひかれちゃったのか、周りに飼い主さんらしき人は見当たりませんでした。
バイクに乗ってたのでどうすることもできず・・・って、そんなの言い訳で、バイクでもどっかに停めて路肩にどかそうと思ったらできたかもしれません。
血も大量に流れていて、怖かったのが本音です。
大きな犬だったのでさすがにみんなよけて行ってました。
飼い主さんは今ごろ泣いてるかな・・・(;;
近所の路地の脇で首輪をつけた飼い猫が死んでいました。
飼い主さんが心配して探してたらと思ったら、早く知らせてあげたくて近所の人の家に色々聞いて回って、やっと飼い主さんが見つかりました。
首にタオルを巻いたおじいちゃんがやってきました。
「もう固まっているので(死後硬直)多分、お昼頃ひかれたんじゃないかと・・・(涙」
と、私が言ったところ「あ〜あ〜ウチのだ。すみませんねぇ〜」
とあっさりした顔でもう固まってしまった猫ちゃんを小脇に抱え、サッサと行ってしまわれました。
小脇に抱えた猫ちゃんはまるでぺったんこの板のようになっていて、板になった猫ちゃんをさらりと抱えて行ってしまったおじいいちゃんの姿があまりに滑稽でなんだか泣くに泣けなかった記憶があります・・・。
全然悲しそうにしていなかったおじいちゃん。
でもきっとそのおじいちゃんはその子を大事にしてなかったわけではないと思うのです。
死んだものに対する価値観の違い、、、というか。わかりにくいこと言ってますよね。ごめんなさい。
それぞれ、価値観が違うから仕方ないのもあると思うんです。
私も動物病院の先生やあべんさんの考えはもっともだと思う反面、つい餌あげちゃう自分もいたりして・・・。
だめですね><
対抗して長くしちゃった!